3 誕生

出産当日。

名前は大地。生まれる前から決まっていた。病気なのだからせめてもの名前は、力強い名前にしてやろう。
パパはそういってた。1997年3月6日出産。正規分娩。2868グラム。

病名は大地が生まれてから初めて聞いた。それも、私が聞いたのは4日目のこと。出産したときは「無事産めた、よかった」って自分のことばかり。「みゃー」っていう鳴き声が聞こえたが、看護婦さんは「ちょっと待ってね」と言ったきり、子供には少しだけ会い、その後NICUに連れていかれた。その後、夫が子供に対面し、説明を聞いてきた。
本当は2人一緒に聞くのが普通だけど、夫が私の精神状態が悪いからって止めたそう。
MRIの絵を見ながら話を聞いたそうだが、この時は既に病名がついていた。

2日目。

私自身は2日目にNICUへ面会に行った。面会に行く前は、生まれてから丸一日がたって、生まれたばかりの時となんか顔が違うような気がした。その時に実の母も一緒だったが、
「ちょっと、お口…、かわいそうだけど…。抱いてみる?」
と尋ねたら「いい、いい」と断られた。受け入れてもらえなかった。かわいい子を産んだと思ったのに、うちの子だけ顔が違う。一度そう思うともう顔が見られなくなって、その後は面会にも行けなくなった。

気持ちが悪くて、何で産んだのだろうとまた、自分を責めた。
いいお母さんになろうと思っていたのに…。
出来ない。口よりも頭の事を心配しなければいけないのに、見えるところばかり、気にしていまう。自分が情けない。
頭の中は、あの子が、まるで宇宙人の様に思えてこわかった。受け入れる事が出来ない。

3日目。

実の親には「孫を殺して死んでやりたい」とまで言われた。私自身も嫌で嫌い
で怖い。自分では母性があると思っていたのに。
昨日、パパに励まされたので、今日は、授乳室に足を運んでみた。
ちょうど、授乳時間も重なり、部屋の中は、他のお母さんと赤ちゃんでいっぱい。
部屋の使い方も解らず、入り口に立ったまま。私は、どうしよう、どうしようと。思っていたのだけど、他から見るとぼーっと立ちすくんでいたのだろう。
助産婦が一言「なんですか?!」

なんですかって、おっぱいの手入れをしに来たのに!!!
私は「後から来ます」と部屋を出た。あの部屋から、逃げたかったのかも知れない。
沢山の赤ちゃんとお母さん。私は違う。あげられない、あげたくない。でも、皆と同じ様にしたい。部屋を後にして、病室に泣きながら戻った。

なんで、私だけが、こんな目に遭わなきゃいけないの!!!

いつしか、泣き声は、叫び声に代わっていた。
違うナースが慌てて飛んできた。

睡眠薬を使うようになり、病室から果物ナイフも取り上げられた。目も腫れて開かなくなり、そんな状態でも毎日泣いた。涙は、どんどんでてくる。

そして4日目。

もう朝から泣いていた。今日は、パパの親族が来る。
でも、お義父さん達が来たときは、自分が自分でなかった。「元気そう」
そう言われた。嫁の立場、最低限のプライドは辛うじて保った。

気を持ち直して調子づき、NICUに行こうという気も出てきた。
しかし、皆が帰った後、パパと話していると、また辛くなって、泣けてきた。
今度は止まらなかった。悲しくて、辛くて。。
パパも泣いていた。何かを我慢して、声を殺して泣いていた。
「ええか、よう聞けよ」。込み上げる気を押さえながら、語りはじめた。

あまりにひどい、私の精神状態に見かねて主人は黙っていた事を告げてくれました。
「あいつはな、頭の中、大脳が発生してないいんや」
「……」
もう真っ白になる。今まで、水を抜くとか後遺症の話をしていたのに!!!!!

「頭の中が水ばっかりや。でもえらいんやぞ。お前の体一つ傷つけんと出てきたんやぞ」って。
その時までの私は大地が学校も行けない、就職も出来ないと悩んでいたけど、その時にそんなに長く生きられないことを知った。それを聞いて「何をぐちぐち悩んでいたんだろう」って。
先生の話を聞いて、面会にも行ってみようと思った。

その後、マスクと白衣をつけて会いに行った。でも大地がいるNICUに入れなくて入り口で固まってしまって、動けなくなった。
その時、偶然いた担当看護婦から
「お母さん、今日は、わたしが受け持ちの塚本です。いい機会だからあちらで少し、自己紹介と説明をしますね」と呼び止められ、別の部屋にドクターと4人で行った。
説明を聞くけど頭に入って来ない。出るのは涙。
「ちょっと、お母さんいいですか」
塚本ナースがそう、切り出した。「今年で10年目になります--」
あの子の受け入れの時から今までの話をした。一通り話して、
「お母さんの、今、思ってる事を聞かせて下さい」
一瞬、言葉が詰まった。何と、言えばいいのか。言葉にしようものならば胸が詰まり声がのどの奥から出て来ない。でも、ひとつひとつゆっくりと話してみた。

今のホントの気持ち。

パパが黙っていてくれた事、母親、妻、嫁、娘…。全部私だけど、どこかで歯車が空回りして、現実には進めない、認めたくない。応えたいと思うけど、ついていけない。
そう話して行く内にボロボロになった。

先生は優しく言ってくれた。
「普通なら流産してしまう場合がほとんどだけど、よっぽど生まれたかったのか、お母さんのお腹が気持ちよかったかなあ」
そして、
「生まれてくるには理由があると思う。何もお父さん、お母さんを困らせてやろうと思って、生まれてくるのではないですよ」
その言葉によって、後々も助けられたと思う。

カンファレンスの後、大地のとこに会いに行きたいと告げた。無理しなくていいと言われたが、私の気持ちの中は、あの子に詫びたかった。
小さな大地を抱いた。そしたら、涙がまた出てきた。
「ごめんね。ごめんね。ママが悪かった。キライって、思ってごめん」
後ろの塚本さんに聞いた。「ねえ、かわいい?」
「うん。私は、可愛いと思います」彼女もボロボロ泣いていた。
「ありがと…」

この話し合いの機会で、私の中で何かフッと落ちた。すごく楽になった。
そしたら、優しい気持ちがほんの少し、見えてきた。
大ちゃんママが、今生まれたんだ。大地の方が先輩。パパも楽になったと言っていた。
私より、冷静を装っていたパパ。つらかったんだろうな。いつも言っていた。「俺にはきちんと言え」
でも今日からはがんばるよ。

それが、大地との本当の対面だったと思う。その後、「明日、夜勤明けに病床訪問するからね」って言われた。同い年の看護婦で彼女と話すことで少し気持ちがほぐれ、母乳を絞る練習も始めた。